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るろ剣ヒロイン論争への一般的な見解
- るろ剣ヒロイン論争への一般的見解の一例(なんJ)
考察等
劇団が薫を嫌う理由
仮説の域を出ないが、長年の観察と分析により、以下の経緯が考えられる。
- TVアニメのEDにL'Arc〜en〜Ciel(ラルク・アン・シエル)が起用されたことを機に、「るろうに剣心」の存在を知る。
- その流れでOVA追憶編を視聴。ヒロインである巴に強い憧れを抱き、自己投影する。
- 原作(もしくはアニメ本編)にも目を通したところ、作品の舞台は巴の死後であり、主人公・剣心(=巴を斬り殺した夫)が贖罪の道を探す物語であった。
- 巴の出番は物語終盤に登場する剣心の過去編(通称:追憶編)のみに留まり、薫というキャラが剣心のヒロイン役として過去編を除く全編に登場。最終回、巴の件を含め過去を克服した剣心は薫と再婚。二人が一児を儲けたところで物語は終わる。
- 巴の死後、剣心が他の女と幸せになる展開が許せず、その結果として、強烈な憎悪を薫に向けるようになったと推察される。
劇団が語る巴像の矛盾
劇団が挙げる巴の魅力を要約すると以下のようになる。
- 絶世の美女
- 才色兼備の大和撫子
- 家事も完璧
- 全ての人間を虜にするフェロモンの持ち主
- 女性的なプロポーション
- 大金持ちで名門のお嬢様
- 高嶺の花
- ファッションリーダー
このように、「巴がいかに素晴らしいか、愛されているか」について語る場面は頻繁に見かけることができるが、巴の内面や性格について語る場面はあまり見かけない。
せいぜい「剣心を庇って死んだ巴は優しい人間」「仇である剣心を許した巴は優しい人間」程度のものであり、法度を犯す決意、仇を愛する苦悩、弟を返す時の心境、死に際の本心等、追憶編という物語の中で巴が何を思い何を考えどのように生きたのか、その心情を想像して語っている場面はないように思う。
劇団にとって大切なのは「巴」という優れた器であって、巴の内面を定義することは劇団にとって意味のない行動となっている。「巴」が優れた器であればあるほど、そこに投影している自分自身も素晴らしい女性であると錯覚できる、ゆえに「外側から見た魅力」しか思いつかないのではないのだろうか。
また、巴の素晴らしさを誉める際、別のキャラクターと比較し、そのキャラを貶めることによって巴を持ち上げる傾向がある。比較対象としてもっとも出現頻度が高いのは薫であり、巴の美点とは正反対の性質(実際の薫には存在しない性質)を、薫の特徴として挙げては、薫というキャラクターを執拗に攻撃、貶めている。この場合、劇団は「薫」という器に「自分の欠点」を投影し、それを叩くことによって「現実の自分」と向き合うことを拒否していると考えられる。この行動は心理学では「投影」と呼ばれており、防衛機制の一種として知られている。
発言の手のひら返しで知られる劇団だが、「巴=劇団の理想」「批難・比較対象=劇団の受け入れたくない現実」という視点で言動をとらえた場合、辻褄が合うのではないかと考えている。
ちなみに、冒頭にあげた「巴の魅力」は劇団が主張・妄想していることであり、実際の巴には確認できない要素も多分に含まれている。たとえば、雪代家の家禄については原作、OVAともに不明であるため、「大金持ち」であるかどうかは不明。
(編者注:これらはすべて素人の見解である。劇団の心理分析については、心理学の専門家による精査を願いたい)
- 最終更新:2014-01-16 12:02:20